みんぱく友の会の会報紙「友の会ニュース」は隔月発行です。
289号では2024年11・12月の情報を中心にご案内しています。
※2024年10月21日時点で決定している情報です。詳細はみんぱくならびにみんぱく友の会のホームページをご確認ください。
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特集 先住民のデジタル世界――ありふれた日常実践と、あらたなる挑戦
世界規模の情報通信インフラの拡充にともない、各地の先住⺠コミュニティにおいてもインターネットへのアクセスが⼀般的なものとなり、デジタル機器が盛んに利⽤されています。本特集では、SNS やアプリの利⽤、スマホでのやりとりなど、先住⺠のありふれた⽇常実践を通して、先住⺠の多種多様なデジタル世界とそこで展開されるあらたなる挑戦に迫ります。
今号の記事で気づくのは、情報メディアに関する多様な論考。特集はもとより、本谷論考に登場する凧は、祖霊や雷、またメリー・ポピンズなど異界の存在との通信手段でもあるし、松井論考の音響空間も体感メディアですね。情報メディアつながりで、私は「文明の追い越し論」を思い出しました。
関西を基盤として東洋紡績(現・東洋紡株式会社)を発展させた谷口豊三郎氏は学問界のパトロンとしても知られ、民博も一九七七年から一九九八年にかけ、ふたつの国際シンポジウム開催への支援を受けてきました。そのひとつ「文明学部門」シリーズで語られた論点のひとつが、文明のシステムや制度面でのニューカマーはしばしば先達を追い越す、という追い越し論。通信インフラの分野でも、有線インフラ整備が困難だった多島地域や乾燥地域では、無線通信や衛星通信技術を取り入れることで通信網の整備が一気に進み、既存地域を追い越した、というのも一例です。
今号の特集が紹介するのも、時間と空間の距離を克服するデジタル・メディアなればこその先住民社会での活用術の数々。非接触・非対面のコロナ禍でいっそう促進された活用法を、先住民社会がうまく生かす様子が描かれます。
二昔前まで私が調査していたオーストラリア辺境の村にも、一九八〇年代に導入され始めたマイクロ波通信インフラが遠隔地の先住民間のコミュニケーションを一挙に変え、生活をも変えました。採集狩猟社会で無文字文化を基盤とする先住民の人びとは高い図的イメージ操作能力を維持しているのか、アイコンを多用するユーザインタフェースが特徴のMacに素早く馴染み使いこなす姿に、当時の私は目を見張りましたが、これはいまや日常の姿。
先住民の人びとは、「自然に優しい」など憧憬の対象となる一方で、いまだに差別的な視線を向けられることもつづいており、外部からの情報発信がこれら両極の見方を過剰に増幅する現象も、情報メディアの負の側面でしょう。先住民が使いこなす情報メディアは、それらをいなしつつも、自文化の発展に寄与していますが、それだけでなく、もうひとつ重要な意義をもつ、と思われます。
先住民の世界は、概して辺境で厳しい環境にあります。だからこそ、森林破壊、農地破壊、そして温暖化など、西欧型社会のつくりだす災禍の被害者です。そうした地域からのグローバルな問題の提起や異議申し立て、たとえば「気候正義」の訴えを、世界はもっと真摯に受けとめねば、と思うのです。
(編集長 久保正敏)
2024(令和六)年7月31日発行
発行所:公益財団法人 千里文化財団