2021年にウポポイ(民族共生象徴空間)にある国立アイヌ民族博物館で「ビーズ アイヌモシリから世界へ」(第3回特別展示)の内覧会と開幕式に立ち会って以来、3年ぶりに北海道を訪れました。今回もまた民博の巡回展でもあるアイヌ博の「驚異と怪異 想像界の生きものたち」(第9回特別展示)の内覧会に出席するためでした。千里文化財団は両館をつなぐ役割を担っており、主催者のひとつとして名を連ねているからです。
アイヌ博の「驚異と怪異」展は2024年9月14日(土)からはじまり、11月17日(日)までを会期としています。展示は二部構成をとり、「想像界の生物相」と「想像界の変相」に分かれ、前者は①水、②天、③地、ならびに④驚異の部屋の奥へ、と続き、後者は⑤聞く、⑥見る、⑦知る、⑧創る、のコーナーから成り立っています。民博の特別展「驚異と怪異」(2019)とは構成が異なるだけでなく、北海道ならではの資料が数多く展示されていました。たとえば、「ビビちゃん」の愛称で親しまれ、チラシにも使用されている動物形の土製品が目をひきました。(上掲チラシ、左)「ビビちゃん」は新千歳空港建設時の美々(びび)4遺跡に由来し、その謎めいた文様が見る人の想像力をかきたてます。また、フキの葉の下にいるという小人「コロポックル」の伝承もとりあげられています。かつて人類学界ではコロポックルをアイヌとも和人とも異なる日本列島の先住民だとする学説が論争を巻き起こしたことがありました。いまでは否定されていますが、フキの下の小人は学説史の上で有名となり、のちに妖精に見立てたグッズが観光土産店に並ぶようになりました。他方、「人を喰う」というウエクル(ルは小文字)という存在にも出くわしました。出口に近い⑧創る(コーナー名)に白老出身のイラストレーター、山丸ケニ氏による恐ろしくもあり、威厳もある、人を喰うだけのことはあるウエクルの作品が多数展示されていました。
「驚異と怪異」の巡回展はこれが4回目です。最初は兵庫県立歴史博物館(2020年)で、当時流行していたアマビエの実物資料(京都大学図書館蔵)の展示が人気を博しました。2回目は高知県立歴史民俗資料館(2022年)、3回目は福岡市博物館(2023年)で四国と九州に渡りました。そして今年、ついに津軽海峡を越え、「渡(と)道(どう)」を果たすことができました。
「渡道」と言えば、ふつう本州から北海道に渡ることを意味し、わたし自身も開拓民の調査を50年も前におこない、修士論文にまとめたことがありました。それは常呂町(ところちょう)(現在は北見市に合併)における寺院の成立と展開を中心に据えたものでしたが、今回の「渡道」でも同地に足をのばしてみました。常呂町はいまではカーリングの町として有名になりましたが、かつてはオホーツク文化や擦(さつ)文(もん)文化の遺跡の町として知られていました。サロマ湖畔には「ところ遺跡の森」が整備されていて、今回も「ところ遺跡の館」や「ところ埋蔵文化財センター」を再訪しました。後者ではたまたま北海道の埋蔵文化財職員の研修会をおこなっており、わたしも請われて「驚異と怪異」展の簡単な紹介をさせていただきました。研修の担当者からは「ビビちゃん」のイラストが入った名刺を差し出され、それが北海道の埋蔵文化財を代表する資料(国指定重要文化財)のひとつであることを逆に認識させられました。
また、ところ埋蔵文化財センターでは言語学の服部四郎氏(当時、東大文学部教授)とともに、そのインフォーマントだった樺太アイヌの引揚げ者である藤山ハルさんが展示コーナーで顕彰されていました。わたしも常呂に滞在中、藤山ハルさんから何度か話を聞いたことがあり、お葬式にも立ち会ったことをなつかしく思い出しました。(2024年10月1日)