理事長徒然草(第17話)
石川県七尾美術館&のと里山里海ミュージアムを訪ねて

石川県七尾美術館のビーズ展写真001
昨年10月の国立アイヌ民族博物館におけるビーズ展に引き続き、今度は石川県七尾美術館で「ビーズ―つなぐ・かざる・みせる」というタイトルの特別展が開催されています(会期:7月30日~9月11日)。民博では巡回展に位置づけていますが、地元出土の考古資料や長谷川等伯の仏画(複製)なども展覧に供されています。いわば民博と七尾美術館の共同展示といっても良いでしょう。展示室3室に加え、廊下やロビーにも関連のポスターや配付資料などがあふれていました。

今回の特別展には七尾美術館と民博に加え千里文化財団も主催者に名を連ねています。そのためわたしも開幕式の挨拶に立ち、テープカットにも参加しました。そこで話をさせていただいたことのひとつは、日本海の沿岸をむすぶ縄文文化や祭礼のことでした。縄文文化としては環状列石や環状列柱が点在すること、その一例として富山湾の北にある真脇遺跡の環状木柱列に言及しました。他方、祭礼としてはいわゆる風流灯篭の連鎖があり、能登のキリコもそのひとつであるが、実は輪島のキリコが民博にも収蔵されていること、また民博のエントランスホールでそれがしばらく展示されていたことも紹介させていただきました。

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七尾は長谷川等伯の出身地であり、JR七尾駅前には青雲の志を抱いて京に旅立つ銅像が建っていました。平成7(1995)年に開館した石川県七尾美術館も等伯とそのコレクションなくしては存在しえなかったことでしょう。等伯の国宝「松林図屏風」の展覧会のときには2週間で5万人を越える観覧者があったと、ビーズ展を担当された北原洋子学芸員にうかがいました。「松林図」は水墨画ですが、今回のビーズ展ではカラフルな仏画にみられるビーズの装飾が目をひきました。

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のと里山里海ミュージアム写真006
のと里山里海ミュージアムは4年前の2018年に開館した新しい施設です。能登半島、とりわけ七尾湾を中心とした里山と里海の密接なつながりを示し、環境保全と歴史的・文化的魅力を伝える体感型ミュージアムです。「能登の里山里海」は2011年に世界農業遺産に認定され、以来、里山里海の利用保全活動が活発に展開されています。その拠点のひとつがこのミュージアムであり、どのような展示をしているかに関心をいだきました。もうひとつは、ここの学芸員さんがかつて民博のビーズ展(2017年)の関連イベントに参加されたという話を北原学芸員から聞いたからでした。急なことでしたが、さいわい床坊睦美学芸員にお会いすることができ、そのうえ展示場の案内までしていただきました。

「里山里海」は学術的というより行政主導の用語ではありますが、能登半島ならではの自然環境に根ざした概念として発展途上にあります。それは賛否こもごもの山風・海風に磨かれることで、能登の過去・現在・未来をつらぬく有効な概念となる可能性を秘めています。今後、ノトロジー(能登学)の展開にどうつながるか、その推移をやや遠くから静かに見守ってゆきたいと思っています。 (2022年7月4日)

写真は上から、
写真001 ビーズ展のチラシ
写真002 開幕式のテープカット
写真003 長谷川等伯の銅像「青雲」
写真004-005 長谷川等伯の仏画(複製)等:左から「十三仏画像」、「複製日蓮聖人像」、「複製日天像」羽咋市・正覚院蔵
写真006 床坊睦美学芸員と

巡回展「驚異と怪異」高知で開催

特別展「驚異と怪異」

開催期間:2022(令和4)年4月29日(金・祝)~6月26日(日) 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで)※会期中無休【5月3日(火・祝)は入館無料】

会  場:高知県立歴史民俗資料館 3F総合展示室

本展は、令和元年に国立民族学博物館(みんぱく)で開催され、好評を博した特別展「驚異と怪異」の一部を巡回するものです。近世以前、ヨーロッパや中東においては、人魚や一角獣といった不可思議だが実在するかもしれない生物や現象が「驚異」として自然誌の知識の一部とされてきました。また、東アジアにおいては、奇怪な現象や異様な生物の説明として「怪異」という概念が作り上げられてきました。高知展では、みんぱくの資料を中心に独自借用の資料も加え、龍、怪鳥、巨人など世界各地の人びとが創り出してきた不思議な生きものたちを紹介して、人間の想像力の面白さに迫ります。

理事長徒然草(第16話)
「人類学の日」に寄せて

2月の第3木曜日は「人類学の日」です。今年は本日、2月17日がその日となります。アメリカではじまり、世界各地で祝われるようになりました。しかし、日本ではなじみの薄い日であり、かく言うわたしも昨日までは寡聞にして知りませんでした。イェール大学に本部があり民博も加盟しているHRAF(Human Relations Area Files)からの情報に接し、さっそくネットであれこれ検索したところ、およそ次のようなことがわかました。

ANTHRO DAY「人類学の日」は文字どおりAnthropology Dayですが、略してAnthroDayとも称しています。アメリカ人類学会(American Anthropological Association、AAA)が2015年にNational Anthropology Dayとして定めましたが、たちまちWorld/International Anthropology Dayとよぶにふさわしい日となりました。趣旨は「人類学者がおのれの学問を祝い、周囲の世界と共有すること」にあり、大学や職場、コミュニティーなどでイベントを開催し、人類学が何であり、何ができるかをともに考えることにあります。なぜ2月の第3木曜日が選ばれたかというと、幼稚園から大学まで学期中であり、生徒や学生が参加できるからのようです。ただし、HRAFのように今年は2月28日(月)に祝うところもあり、日にち設定には柔軟性があるようです。

本家のAAAは貸出用のアウトリーチ教材を用意していて、教室やミュージアムなどでの活用を後押ししています。他方、大学やミュージアムでは講演会やワークショップなどが開催され、展示もおこなわれています。2017年にはアメリカ以外にも12ヵ国(バングラデシュ、カメルーン、カナダ、エクアドル、エジプト、グアテマラ、インド、イタリア、メキシコ、パキスタン、タイ、トルコ)が参加し、2021年には15ヵ国、244の団体に増えたそうです。もっともコロナ禍にあって、ヴァーチャルな体験が中心となったのはやむをえないことでした。

たとえばイタリアのミラノでは昨年は3日間にわたって3000人の参加者を集め、新しいメディアや気候変動などのテーマで約40の会議やワークショップが開催されました。世界各地の大学やミュージアムでも創意工夫を凝らしたヴァーチャル体験―「場違いなミイラのミステリー」など―がとくに人気を博したとのことです。また、人類学の日にあわせてFacebook、Twitter、Instagramをつかった交流も盛んにおこなわれていて、その件数が表示されていました。

ところで、「人類学の日」はたんなる21世紀の産物ではありません。実は20世紀の初頭にも「人類学の日」と称される国際的なイベントがありました。1904年のセントルイス世界博覧会の期間中におこなわれた第3回オリンピック大会では、その一部として、博覧会の展示などにかかわっていた先住民たちの競技大会として実施されました。そこには4名のアイヌ男性も参加し、アーチェリーや槍投げで好成績を残しました。本稿の主題とは異なるので深入りはしませんが、もうひとつの「人類学の日」があったことだけは指摘しておきたいと思います。

ともあれ、今日の「人類学の日」は人類学という学問の重要性と必要性を人類学のサークルのなかだけでなく、広くまわりの人たちと分かち合う機会としてもうけられました。当財団においても、今後何ができるか、いろいろ知恵を絞っていきたいと考えています。(2022年2月17日)

理事長徒然草(第15話)
シンポジウム「人類・いのち・万博―1970から2025に向けて」をふりかえって

2021年11月23日(祝日、火)午後1時から、日本万博記念公園シンポジウム2021「人類・いのち・万博―1970から2025に向けて」が国立民族学博物館のみんぱくインテリジェントホール(講堂)で開催されました。当財団が主催し、国立民族学博物館、大阪府、公益財団法人関西大阪21世紀協会が共催に名を連ね、公益財団法人2025年日本国際博覧会協会の後援を受け、大阪モノレール株式会社と万博記念公園マネジメント・パートナーズの協力を得ました。会場の聴衆は115名、オンラインの視聴者は161名でした。

開催にあたり、わたしのほうから主催者挨拶として、70年万博の開催地で2025年万博に向けて「人類・いのち・万博」をテーマに未来につなげる橋渡しの機能を担うという趣旨を簡単に述べました。そこで強調したのは次の2点です。ひとつは公益認定を受けた当財団が「地域の文化活動」に資する公益事業を推進していくという決意です。もうひとつは、京阪神の3都市が千里で手をむすびあい、関西全体の国際文化都市化を促進することの意義について、梅棹忠夫(民博初代館長)の発言を引用して言及したことです。さらに、このシンポジウムを端緒とし、毎年、議論を積み重ねていくことも表明いたしました。

登壇者は吉田憲司氏(国立民族学博物館長)、西尾章治郎氏(大阪大学総長)、ウスビ・サコ氏(京都精華大学学長)、山極壽一氏(総合地球環境学研究所所長、前京都大学総長)、井上章一氏(国際日本文化研究センター所長)の5名でした。まず吉田館長が「シンポジウム開催にあたって」という発題をし、それを受けて4名の演者がそれぞれの立場から提言をおこないました。その詳細は『季刊民族学』180号(2022年4月発行)の特集にゆずるとして、ここでは印象に残ったいくつかの点について簡単に報告しておきたいと思います。

まず2025年の万博開催の意義について、①参加国との協働・共創作業の場(吉田)、②大学間のグローバルな共創(西尾)、③ユーロセントリズムではない共創のあり方(サコ)、④ヒト中心ではない「いのち」と「いのち」のつながり(山極)など、ともすれば開催国やいわゆる先進国を中心に企画・推進されがちな国際的な博覧会に警鐘を鳴らしたことが注目されました。その一方、万博自体にオリンピックと比べても訴求力が弱くなっているとの指摘がなされました(井上)。とはいえ、パンデミックにさいなまれている現状を打開し、「いのちかがやく未来社会」をどうデザインするかが問われているのが2025年の大阪・関西万博です。

パネルディスカッションでもさまざまなアイデアが飛び出し、活発な議論が絶え間なく繰り広げられました。ひとつのキー・フレイズは「壁を超える」であったかと思います。①京阪神の壁を超える、②ヴァーチャルとリアルの壁を超える、③オリンピックと万博の壁を超える、④人間と人間の壁を超える、⑤言語の壁を超える、⑥国家の枠組みを超える、等々。そこでの提案には、①都市をつなぐ万博(山極)、②地域をつなぐ万博(吉田)、③博物館がつなぐ万博(吉田)、④関西一円で実感できる仕組みをもつ万博(西尾)、⑤ドバイ万博ですでに始まったハイブリッドなつながり(サコ)、⑥フランチャイズが弱い野球のようなつながり(井上、山極)、⑦万博にe-sportsなどオリンピックを換骨奪胎して取り込む(山極)等々、奇抜なものも含め丁々発止のやりとりが続きました。

パネルディスカッションのファシリテーターをつとめた吉田館長は結びのことばとして、やや冗談交じりに、京阪神に奈良をくわえてその壁を壊さないと国の壁とか言っていられないと述べました。当財団がそうした役割を少しでも担うことができれば幸いです。 (2021年12月13日)