季刊民族学183号 2023年冬

特集 民藝 —— 人とモノとが出会うとき

 今、なぜ「民藝」に熱い視線が向けられているのか。産業化、都市化の進展という大きな時代の変革期にあった約100年前に、柳宗悦、河井寬次郎、濱田庄司らによって新しい美の概念「民藝」は生み出された。「民藝」とは「民衆的工藝」の略であり、それまで見過ごされてきた日常の生活道具に美を見出し、作家たちはそれを糧とし自らの新しい表現を拓いていった。本特集では民藝のまなざしが生まれた背景やその影響、民俗学や文化人類学、民族学博物館との関係などを明らかにし、現代に「民藝」が求められる理由を考えたい。

目次
000 表紙「「変わらない」なかの新しさ」写真:濱⽥琢司(関西学院大学教授・同大学博物館長)
001 目次
002 表紙のことば 文:濱⽥琢司
003 特集「民藝――人とモノとが出会うとき」
004 特別対談「『民』へのまなざし――民藝と民俗学と民族学」吉⽥憲司(国立民族学博物館長)/濱⽥琢司
018「民藝にとっての地方と地方文化としての民藝」濱⽥琢司
028「民藝の「発見」と朝鮮民族美術館」鄭銀珍(大阪市立東洋陶磁美術館主任学芸員)
034「民具と民藝の100年」加藤幸治(武蔵野美術大学教授)
042「日本民藝美術館と浜松の民藝運動」増井敦⼦(浜松市美術館学芸員)
046「民藝運動と女性たち」⼩野絢⼦(大阪日本民芸館学芸員)
052「バーナード・リーチと民藝運動――生活造形による心の環境保護」鈴⽊禎宏(お茶の水女子大学教授)
056「芹沢銈介の収集――集めてつくったもうひとつの世界」⽩⿃誠⼀郎(静岡市立芹沢銈介美術館学芸員)
062「いまなぜ民藝か」鞍⽥崇(明治大学准教授)
070「砂漠でわらを編む――オーストラリア先住民の手工芸品」平野智佳子(国立民族学博物館助教)
078「日本と韓国における産後ケアの現在地」松岡悦子(国立民族学博物館助教)、諸昭喜(国立民族学博物館助教)
086 連載 フィールドワーカーの布語り、モノがたり 第1回
「バリ島の紋織と絣――消費される手仕事の存在価値」中谷文美(岡山大学文明動態学研究所教授)
094 シリーズ 焼畑を再考する③
「佐々木高明を語る――研究とその人物像」池谷和信(国立民族学博物館教授)/宇野文男(元福井大学教授)/クライナー・ヨーゼフ(ボン大学名誉教授)
102 シリーズ 焼畑を再考する 特別インタビュー
「移りゆく森の姿 五木村村長・木下丈二さん」(聞き手)池谷和信

編集後記

 情報工学出身で、民博に移籍してから初めて文化人類学・民族学について知った私ですが、門前の小僧が感動したのは、ヴィクター・ターナーが『儀礼の過程』(一九七六年)で唱えた「リミナリティ」論。日常秩序から解放された境界領域を指しますが、二項対立で論じられがちな文化に対し、たとえば、昼と夜の境界「たそがれ」に魔が現れる、善悪を超越したトリックスターが新世界を創造する、など、文化の機微が立ち現れるのがリミネリティ、と私なりに解釈したのです。
 なぜこんな話を始めたかというと、民藝とは、モノについて、さまざまに対立する二項で語ることでは、と思うからです。たとえば、時間軸では「過去vs現在と未来」、空間軸では「地方vs中央」、モノの機能では「日常使い(実用的価値)vs鑑賞(記号的価値)」、生産技法では「伝統(手作り)vs近代(機械)」、生産スタイルでは「一品生産vs大量複製」、制作者では「顕名vs匿名(無名)」、使用者では「民衆vs貴族」や時代が下って「中産階級vs富裕層」、生産と消費の場では「生産vs消費」や「ローカルvsグローバル」などが考えられます。このうちから、ふたつの軸を抽出すれば四つの象限からなる平面図上で、三つ抽出すれば八つの象限からなる立方体内で、モノの属性を考えられそうです。
 民藝は、いくつかの象限で定義され、その位置が歴史的に変化してきた、とみなせそうですが、その発端は、産業革命による都市集住と中産階級の勃興、大量生産と消費革命、機械文明への反発、などの動きでしょうか。と同時に、農村や都市の生活改善、美とはなにか、などの議論をまじえながら展開してきたのが民藝、のように私にはみえます。その後のポストモダン期に生まれたジャン・ボードリヤールの記号消費社会論などに触発された無印良品の誕生へとつながっていくのですね。
 民藝の現代的意義は、対立する二項関係を越えることの可否にかかわると解釈しましたが、これは、男vs女という二項を乗り越えるLGBTのような動きのある一方、対立の深まっている現今の世界状況にもつながっていくように思えます。
 さて、思いがけぬモノつながり、本号から始まった新シリーズ「フィールドワーカーの布語り、モノがたり」で織り上げられる物語に、ご期待ください。
(編集長 久保正敏)

 

2023(令和五)年1月31日発行
発行所:公益財団法人 千里文化財団

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