季刊民族学180号 2022年春

特集 嗜好品――つくる・映える・やみつきになる

 嗜好品といえばコーヒーや茶、煙草などが思い浮びますが、世界には、それらの枠組みでは捉えきれない嗜好品があります。SNSを中心に若者のあいだで流行したエナジードリンクや中国のローカルな生活文脈でみる粽などがその一例です。本特集ではさまざまな嗜好品を、それらが浸透している社会や文化と照らし合わせて再考します。コロナ禍の今だからこそ、私たちの心を満たし、暮らしを豊かにするものとは何か、「嗜好品」という視点から考えてみませんか。

編集後記

 特集テーマの嗜好品、その定義はむつかしく、広げればどこまでも広がるので、あえて狭めたと、大坪氏が述べておられるとおり、本号は、煙草も含む経口物に限定して、各地域での実例をとおして文化を語る論考集になっています。 私からみると、これら経口物の効果は、向精神効果と、情報論的な効果に大別できそうです。
 前者は、神経に作用する薬効ですので、依存性をともなうと、中毒、健康障害、ドーピングと、ヤバイ世界につながります。一方、そうした嗜好品は、有力な換金作物であることが多く、現地収入源であったり、産業化するなど、多くの問題をはらむ存在。しかし、薬効をむやみに危険視して非合法化するとその隙間を埋めるのが反社会勢力であるのは、一九二〇年代の「禁酒法」が好例。危険性より薬効が大きいならば、いっそ合法化するほうが良い、とオランダなどで大麻合法化が進んでいますね。
 後者は、社会性を共感したり、見栄を張ったり(ヴェブレン効果=見せびらかしたい心理を利用する消費効果)、他人と異なる地位にあるのを誇る「クラブ財」効果、普段とは異なる五感の刺激効果、などでしょうか。習慣性を帯びてくると問題になるのは、向精神作用のある物質と同じです。
 いずれの効果も、結局は脳細胞の働きによります。ホルモンを分泌して脳をだまし、火事場の馬鹿力を発揮する生存本能が備わっているわけですから、それと同じように、嗜好品とは脳をだます世界、梅棹忠夫流情報論そのものかも知れません。
 ところで、現今の理不尽極まりないロシアのウクライナ侵攻、読者諸賢も二一世紀の今日こんな事態が起きようとは思いもされなかったでしょう。今回は情報戦がキーのひとつ、SNSが活躍して戦場の悲惨な様子が西欧側には伝わったのですが、ロシアの人びと、とくに年配の方々には情報統制が徹底し大本営発表のみが浸透しているようです。これも、脳は容易にだまされる証拠でしょうか。万事に対し自分なりの判断基準や不動点をもち、それを支え不断に更新する情報収集能力が試される時代だ、とクリミア併合やチェチェン侵攻には無関心だったことへの自戒もこめて、痛感します。私たちに何ができるのでしょうか。 (編集長 久保正敏)

 

2022(令和四)年4月30日発行
発行所:公益財団法人 千里文化財団

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